聖ペトロの使徒座

聖ペトロの使徒座の祝日は、ペトロを礎として建てられた教会の一致を記念する祝日で、2月22日に祝われます。イエス・キリストご自身が、ペトロを教会の礎として選ばれました。キリストの復活の後、使徒たちはペトロを中心として集まり、神からの霊である聖霊を受けて、キリストの証人とされました。それ以来、使徒の後継者である司教たちは、ペトロの後継者であるローマの司教との交わりのうちに、使徒たちから脈々と伝わる教え(つまり、キリストにさかのぼる使徒継承)を保ってきました。聖ペトロの使徒座は、教会がキリストによって建てられ、使徒継承をとおしてキリストの教えを生き生きと保っているという意味で、真のキリストの教会であるということの証しなのです。聖ペトロの使徒座に結ばれているとき、わたしたちは単に一つであるだけでなく、神によってつくられた神秘体として一つであり、今もキリストの教えを保つ共同体として一つなのです。このように、聖ペトロの使徒座の祝日は、教会の本質を構成する4つの要素、すなわち「一」、「聖」、「公」、「使徒継承」を記念する日でもあるのです(ちなみに、2004年に日本カトリック司教協議会が認可した「ニケア・コンスタンチノープル信条」の日本語訳文では、この4つの要素は「聖なる、普遍の、使徒的、唯一の」となっています)。

さて、聖ペトロの使徒座の祝日には、マタイ福音書16章13−19節が朗読されます。これは、6月29日の「聖ペトロ 聖パウロ使徒」の祭日に朗読される個所と同じです。「そよかぜカレンダー」では、すでに2002年6月にこの祭日を取り上げ、特に聖ペトロについて考えました。一部、繰り返しになりますが、今回はその後に続くエピソードも含めて(16・13−28)読むことによって、聖ペトロの使徒座についての理解を深めることができればと思います。

この個所はとても起伏に富んだ個所です。ペトロの高らかな信仰宣言、イエスの答え(「幸い」の宣言、「ペトロ=岩」という名前の授与、教会建設の約束、救いの権能の授与)とすばらしい場面が描かれたかと思えば、直後に、死と復活の予告が続き、ペトロの無理解とイエスの側からのペトロに対する厳しい叱責の様子が記されるのです。ペトロは最高の形で称賛され、そのすぐ後に最も厳しい言葉で叱責されています。いったい、どういうことなのでしょうか。

イエスは、弟子たちに、まず「ほかの人々」がご自分のことを何者だと言っているかたずねます(13節)。人々が言っていることは、「洗礼者ヨハネ」、「エリヤ」、「エレミヤ」、「預言者の一人」とさまざまでした(14節)。どれもすばらしい答えでしたが、イエスはすぐに「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか」とたずねます(15節)。どのようなすばらしい答えを述べたとしても、ほかの人々が言っていることは、弟子たちにとって「借り物」にすぎません。弟子たちは、これまでのイエスとの歩みの中で感じたこと、理解したこと、深めたことから出発して、自分なりの答えを出すよう求められるのです。

すると、ペトロは弟子たちを代表する形で答えます。「あなたはメシア、生ける神の子です」(16節)。後でイエスから叱責されることを考えれば、表現はともかく、ペトロの考えていたことは、イエスの思いと同じではなかったようです。しかし、それはペトロにとって、この時点での精一杯の答えだったのでしょう。イエスの中にほかの人にはない何かを感じ、それを深めていくことで、ペトロは自分なりのイエス理解にたどり着き、それを口にしたのです。

このペトロに、イエスは「あなたは幸いだ」と述べます(17節)。これは、山上の説教の初めに述べられた真福八端(マタイ5・3−12)を思わせる表現です。天の国での救いに入れられているという意味です。そして、イエスは続けて、「あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ」と語ります(16・17)。ペトロは、気づいていなかったかもしれませんが、ペトロがイエスとかかわっている間中、神がペトロに働きかけ、イエスの神秘を徐々に理解することができるよう導いてくださったのです。ペトロは、人々がイエスについて言っていることよりも、この神の働きかけを受け入れていったのです。

ペトロのこの歩みに答えるように、今度はイエスがペトロに働きかけます。「あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる」(18節)。たとえ、イエスがペトロを礎として教会を建てたとしても、ペトロ自身がイエスの働きかけを受け入れ、自分の考えよりもイエスの思いを優先することができなければ、それは「ペトロの教会」であって、「イエスの教会」とはなりません。イエスがお建てになるのは、あくまで「わたしの教会」なのです。

この後のイエスの言葉に示されている、「陰府(よみ)の力も対抗できない」ほどの教会の堅固さも(18節)、ペトロに授けられる「天の国の鍵」も(19節)、すべては神であるイエスの力がペトロの中に働くことによっています。すなわち、ペトロがこの教会を「イエスの教会」として受け入れること、イエスの思いを自分の思いとすることによっているのです。

さて、「自分にとってイエスとは何者なのか」を探し求めていくペトロの歩みは、これで終わったわけではありません。ペトロは、自分が出した答え、「メシア、生ける神の子」という言葉の意味を深めていくよう招かれます。実際、イエスはこのペトロの答えの後、はじめてご自分が苦しみを受けて殺され、三日目に復活することを弟子たちに打ち明けます(21節)。つまり、神のご計画の中では、「メシア、生ける神の子」とは、十字架にかけられて殺され、復活する者なのです。

ペトロは、そのようには考えることができなかったのでしょう。イエスをわきへお連れして、いさめ始めます。「主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません」と(22節)。言い換えると、「主よ、あなたはメシア、生ける神の子です。あなたは偉大な方です。社会から排斥されて殺されるような方ではありません。それは、一緒に歩んできたわたしがよく知っています。そんなことをおっしゃってはいけません……」といったことでしょうか。

ここで、イエスの厳しい言葉が告げられます。「サタン、引き下がれ」(23節)。福音書の中では、イエスの敵対者として、ファリサイ派の人々や律法学者たちが登場しますが、彼らですら「偽善者」と言われてはいても、「サタン」とは呼ばれていません。「サタン」とは、非常に厳しい叱責の言葉です。いったい、なぜでしょうか。それは、ペトロが「神のことを思わず、人間のことを思っている」(22節)からです。この表現が、17節でイエスがペトロに言っている称賛の言葉、「あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ」と正反対のものであることは明らかです。人々の言葉よりも神の働きかけに心を開いたペトロが、今度は自分の理解を優先させて、「神の子」であるイエスの言葉を退けようとしているのです。ペトロの上に築かれるはずの教会が、「神の子イエスの教会」ではなく、「ペトロの教会」、「人間の教会」となってしまう危機にあります。気づかないうちに、神のわざと人間のわざをすり替えてしまう……。だから、ペトロは「サタン」と呼ばれるのです。

この後、イエスは弟子たちに、「自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」と招きます(24−26節)。ペトロは、十字架に向かって歩むイエスに従いながら、「メシア、生ける神の子」とはどういう方なのか、この方を信じるとはどういうことを意味するのか、そして自分の上にイエスの教会が築かれるとはどういうことなのかを、学び深めていくことになります。何度も挫折しながら、それでも歩みを続けていくのです。

まさにこのようなペトロの信仰の歩みの転換点で、そう、ペトロの信仰と人間的弱さが激しく交錯するそのはざまで、ペトロの上にイエスの教会が建てられるとの約束がなされていることは、意味深いと思います。たしかに、教会の力は、この教会を「わたしの教会」と呼ぶイエスの力によっています。しかし、教会はやはり人間ペトロの上に建てられた教会なのです。弱さの中にありながら、自分の十字架を背負って、常にイエスとのかかわりを深めていったペトロの上に、このイエスの力は働くのです。ペトロの後継者であるローマの司教も、代々、ペトロにならって、この歩みを続けてきました。だからこそ、教会は「イエスの教会」であり続けるのです。聖ペトロの使徒座の祝日にあたって、このような生き生きとしたかかわりの中で教会の一致が深まるように祈りたいと思います。

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