聖スコラスチカ

聖スコラスチカの記念日は2月10日です。スコラスチカは、聖ベネディクトの妹として有名です。ベネディクトは、修道生活の会則を著し、それが広く用いられるようになったため、西方教会における修道生活の祖と呼ばれます。その妹スコラスチカは兄ベネディクトに従い、彼女も修道者としての生涯を送りました。世界的に広く愛されている聖人である半面、スコラスチカの生涯については、5世紀から6世紀にかけて生きたということ以外、具体的なことはほとんど知られていません。しかし、修道者として生き抜いたこと以外、何も伝わっていないというこの事実は、ある意味で、スコラスチカの特徴をよく表しているのかもしれません。先月、聖アントニオ修道院長について述べたことでもありますが、修道生活とは、キリストに従って神との深い関わりを生きることこそが他の何ものにも勝るということを、身をもって証しするものです。スコラスチカにとって、最も大切なことは修道者としてキリストに従い抜くことでした。それに比べれば、他のことは二次的なものにすぎなかったのです。

さて、典礼暦の中で、スコラスチカは「記念日」として祝われるため、ミサの聖書朗読は、通常、年間週日のものが優先します。しかし、特別にこの聖人を祝う場合は、固有の福音として、ルカ10・38─42を朗読してもよいことになっています。今回は、聖スコラスチカと結び付けながら、この福音について考えてみましょう。

ルカ10・38─42は、イエスとその一行が、エルサレムに向かう旅の途中、ある村(ヨハネ11章によれば、ベタニア?)に入った時の出来事を記しています。この村で、イエスはマルタとその姉妹マリアの家を訪れます。マルタは、イエスを家に迎え入れ、「いろいろのもてなしのためせわしく立ち働」きます(40節)。一方、マリアはイエスの「足もとに座って、その話に聞き入」ります(39節)。マルタは、自分だけが忙しく立ち働いていること、マリアが何もしないことに不平を感じたのでしょう。また、その状況を見ていながらマリアに何も言わず、むしろマリアに話し続けるイエスにも不満を感じたのでしょう。マルタは、マリアにではなく、イエスに言います。「主よ、わたしの姉妹はわたしだけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください」(40節)。これに対し、イエスは「必要なことはただ一つだけ」と言い、マリアがそれを選んだと述べるのです。

修道生活との関連で、この箇所はしばしば、「祈り」と「働き」、「観想」と「活動」についての教えとして用いられることがあります。マリアが「祈り」、「観想」の代表者、マルタが「働き」、「活動」の代表者で、どちらが「必要なこと」、「より良いこと」かを教えていると言うわけです。

しかし、厳密に言うと、ここで対比されているのは、決して「祈り」と「働き」ではありません。実際に、イエスが指摘しているのは、マルタが「多くのことに思い悩み、心を乱している」ことであって、マルタの「もてなし」を排斥しているわけではないのです。マルタはイエスをもてなそうと必死になっています。どうすればイエスが喜ぶか必死になって考え、立ち働いています。しかし、マルタはまずイエス自身に何を望んでおられるか語らせようとはしません。マルタの心の中は、自分の思いでいっぱいになっています。そこには、もはやイエスのいる場所、イエスの語る場所がなくなっているのです。イエスのためのはずが、イエスを心から追い出してしまっているのです。一方のマリアは、自分が行動する前に、イエスのもとに座り、その言葉に耳を傾けるのです。イエス自身の思い、望み、言葉で自分の心を満たすのです。そこから、自分がするべきことも導き出されてくるわけです。

私たちも、しばしばマルタのようにふるまっています。神が何を望んでおられるかに耳を傾ける前に、あれこれと自分で考え、「良いこと」と判断し、一生懸命それを実行しようとします。そして、自分は良いことをしたと思い込んでいるのです。神のためと言いながら(それがどれほど純粋な気持ちであっても)、結局は自分の考えを優先させ、神に語らせようとはしないのです(これは「祈り」の場合にも当てはまること──自分ばかりが語り、神にまず語らせようとしない ──に注意すべきです)。

必要なこと、それはただ一つ、まず神に語らせ、その声に耳を傾けること、深く神に聞くことです。しかし、このような生き方は、ともすると何もしていないかのように映ります。ずいぶんのんきで、何の実りも結ばないように映ります。こうして、私たちはマルタの不平の言葉に同意してしまうのです。

聖スコラスチカの修道者としての生涯は、このような私たちに、イエスの教えをもう一度思い起こさせます。「必要なことはただ一つだけである」。それを選びなさい、と。

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