世界病者の日にあたって

典礼暦上、二月十一日はルルドの聖母の記念日です。教皇ヨハネ・パウロ二世は数年前、この日を「世界病者の日」と定めました。以後、全教会で毎年この日に、病人と彼らにかかわる人たちのために祈りが捧げられるようになりました。

「病気」というのは、私たちにとって実に不思議なものです。医学が進歩した現代、病気のメカニズムについて多くのことが解明され、治療の技術も進んできました。しかし、私たちはまだ、なぜある特定の人だけが病気にかかるのかという問いに答えることができずにいます。本人の不注意から来るものならともかく、多くの病気は本人の責任とは無関係に起こるのですから。

信仰を生きる上でも、病気が投げかけるこの問いは、やっかいなものです。なぜ、神は病気を放っておかれるのでしょうか。イエスの時代の人びとは、病気を罪に対する罰ととらえていたようです。本人かその先祖が罪を犯したので、これに対する罰として神がその人に病気を与えた、という考えです。これは、ヨハネ福音書9章1〜41節の中に表れています。

イエスはどこかを通っておられた時、生まれつき目の見えない人をご覧になります。すると弟子たちは、イエスに「この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか」(2節)と尋ねます。弟子たちは、この人が罪のために目が見えないということを前提としているのです。

 ところが、イエスはこの問いに答える代わりに、病気が罪の罰であるという考え方そのものを否定されます。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現われるためである」(3節)と。

さて、病気が罪の罰ではないということは分かりました。しかし、イエスがこれに代わる病気の意味として示された「神の業がこの人に現われるため」とは何を意味するのでしょうか。

単純に考えれば、「神の業」とは、目が見えるようにするということのように思われます。確かに、イエスは奇跡を行って、この人を癒されます。しかし、もしそれだけのことならば、癒しでもって話が終わるはずですが、実際は癒しの後のエピソードのほうがずっと長いのです(8〜41節まで)。これはどういうことでしょうか。

この箇所の最後の部分(35〜41節)を読んでみてください。癒された人は再びイエスと会い、イエスに対し「主よ、信じます」と叫びます。つまり、この人に現れた「神の業」とは、肉体的な癒しだけではなく、心の目が開けてイエスを信じるようになり、真の救いに至ったということなのです。

信じる喜びを得たのが、結局、健康なファリサイ派の人たちではなく、生まれつき目の見えない人であったことは、大きなメッセージを持っているように思います。それは、私たち人間が最終的に目指すべきものは健康か病気かではなく、それを越える救いなのだというメッセージです。分かりきっていることと感じるかもしれません。しかし、私たちは健康で不自由を感じない時、現状に満足してしまい、それを越えて大切な救いを求める心を持たなくなる傾向があります。

その意味で、教皇ヨハネ・パウロ二世もたびたび繰り返しているように、病人には大きな使命があります。それは、ややもすると「健康」であることに満足しがちな人間を、目に見えない、しかし最高の宝である救いへと招き続けるという使命です。病気で苦しんでいる人は、身体の健康よりも大切なものがあることを、身をもって示し続けているからです。

ルルドではこれまで多くの病人が癒されてきました。しかし、それ以上に多くの人びとが、身体的には癒されなくても、「救い」という名のもっとすばらしい癒しを受けました。病気を通 して救いに至ることができる、それは病気の不可解さを越えたすばらしい神秘ではないでしょうか。

病人が苦しみを通して救いを証しし、健康な人がその証しを通して救いへと至り、同時に病人のために祈り献身する時、すばらしい信仰の交わりが形作られることでしょう。「世界病者の日」が、そのための実りある一日となるよう願わずにはいられません。

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