闇から光へ 年間第3主日(マタイ4・12~23)

「一極集中」という言葉があります。大都市に人々が集まっていく現象を形容したりします。日本だと東京や大阪に集中したり、中国ではペキンやシャンハイに、フィリピンだとマニラに、イギリスだとロンドンに、アイルランドだとダブリンに、という具合です。

イエスの時代ではどうだったのでしょうか。多くの人々はエルサレムに集まり、生活する上でもとても便利だったことでしょう。ガリラヤは自然に恵まれ、人々も互いに協力し合うような雰囲気があったとしても、閑散としていました。多くの人々はガリラヤのことについて、「異邦人のガリラヤ」「暗闇に住む民」「死の陰の地に住む者」と表現しています。これらのことからも、当時の人々にとって、ガリラヤのイメージはとても暗く、人々が喜んで住むような場所ではなかったでしょう。

人々から見捨てられ、「暗闇」と形容された地で、また生活するにも不便な場所からイエスは宣教活動を開始します。一般常識を覆す出来事ではないでしょうか。宣教にあたり、イエスは「悔い改めよ。天の国は近づいた」と語ります。他の人に伝えるために、まず自分自身の回心を語ります。他人の回心を求めがちですが、まずは自分自身から…。それが闇から光への転換です。

パウロもダマスコ途上で回心します。それまではキリスト者たちを迫害する者でした。ダマスコ途上で光を受け、その後「サウロは地面から起き上がって、目を開けたが、何も見えなかった」(使徒9・8)と記されています。「サウロは三日間、目が見えず、食べも飲みもしなかった」と。パウロにとってこの時期は、まさに闇の世界にいたのではないでしょうか。やがてアナニアが「サウロの上に手を置き」(使徒9・17)、目が見えるようになり、元気を取り戻します。闇から光へ移った時でした。私たちにも暗闇の体験があるでしょう。でもいつかは光が差すことに希望を置きたいものです。

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

最近の記事

  1. 今日(2月24日)は、サイゴン市内から車で4時間(距離にして200kmくらい)くらいのバオロックとい…
  2. 「サプライズ」という言葉があります。もちろんこれは、「驚かせる」とか「驚き」という意味ですが、思いも…
  3. アルベリオーネ神父はひ弱い体のゆえに徴兵検査では不合格であった。しかし第一次大戦が始まってからは、イ…
  4. 今日の箇所は「主の変容」の場面で、「弟子たちの前でイエスの姿が変わる」ことを思い起こす所です。場所は…
  5. 聖ペトロの使徒座の祝日は、ペトロを礎として建てられた教会の一致を記念する祝日で、2月22日に祝われま…

ピックアップ記事

  1. 【修道生活ではなく、結婚生活でもなく、この社会の現実のただ中で生きる奉献生活】ヤコブ・アルベリオ…
  2. 聖パウロ修道会にとって修道士の鑑でもあるアンドレア・ボレッロ修道士に関する本が出版されました。青いカ…
  3. 今日(2月24日)は、サイゴン市内から車で4時間(距離にして200kmくらい)くらいのバオロックとい…
  4. ヤコブ・アルベリオーネは、一八八四年(明治一七年)四月四日北イタリアはピエモンテ州クオネ県フォッナー…
  5. 少し前に「断捨離」(だんしゃり)という言葉を耳にすることがありました。これは、「断行」(だんぎょう)…
PAGE TOP
Translate »