使命を果たすという種 年間第2主日(ヨハネ1・29〜34)

私たちは、朝、目覚めた時に、洗顔やシャワーをして「今日も一日頑張ろう」という気持になるのではないでしょうか。イエス様の洗礼を「洗顔」や「シャワー」と一緒にするのは失礼なことですが、イエス様が宣教活動の前にヨハネから洗礼を授けられた時にも「さあ、これから宣教をするぞ」と思われたのかもしれません。

きょうのみことばは、洗礼者ヨハネがイエス様に洗礼を授ける場面です。典礼は、「主の洗礼」の祝日を境に「降誕節」が終わりイエス様の活動を記念する「年間」へと移ります。年間は、「主の洗礼」の次の日から始まりますので最初の主日は、「年間第2主日」となるわけです。なぜかA年の第2主日は、洗礼者ヨハネがイエス様に洗礼を授けるという場面から始まっていますが、もしかしたら、「主の洗礼」を思い起こすためなのかもしれません。

洗礼者ヨハネは、イエス様が洗礼を授かるために自分のところに来られるのを見て、「見るがよい。世の罪を除く神の小羊だ。」と周りの人に言います。この【神の小羊】という言葉は、「屠られるための小羊のように、彼は引いて行かれた。」(イザヤ53・7)にあるように、私たちの罪を贖うために屠殺される小羊として解釈されるようですが、メシアとしてまた、イスラエルの王として【神の小羊】という意味とも考えられるようです。洗礼者ヨハネは、おん父から「メシアを証しする」ために遣わされました。そのため、マタイ福音書では、ヨハネが弟子たちをイエス様の所に遣わして「来るべき方はあなたですか。」(マタイ11・3)と尋ねさせる場面が出てきます。洗礼者ヨハネは、「メシア」を証しするために、最後までおん父の使命に忠実に生きたのでした。

洗礼者ヨハネは、人々に「あなたたちが、待ちわびていたあの『メシア』が来られたのですよ。喜んでください。」と人々に伝えたのでしょう。ですから、「見るがよい」と言って人々をイエス様の方に注意を向けさせます。それから、「わたしの後から一人の人が来られる。その方は、わたしよりも偉大である。わたしより先におられたからである」(ヨハネ1・15)という言葉を再び使い、自分が「メシア」を証しする者としておん父から遣わされたことを改めて人々に伝えます。

次に、洗礼者ヨハネは、イエス様のことを「わたしもこの方を知らなかった」と伝えます。しかもヨハネは、33節にも同じように繰り返します。しかし、この言葉は、私たちに違和感を感じさせるのではないでしょうか。「えっ、イエス様とヨハネは親戚ではないの? マリア様がエリザベトの妊娠を聞いて訪ねたでしょう。」と言いたくなることでしょう。もしかしたら、ヨハネは、まさか自分の親戚のイエス様が「【メシア】」だったんだ」と思ったのかもしれません。または、イエス様の「メシア」としての深い意味を「知らなかった」という意味なのかもしれません。私たちも、時折周りの人の何気ない言葉や行動の中に、聖霊の働きやイエス様からのメッセージを感じることがありますが、すぐにそのことに気がつくというよりも、思い返して後から気がつくことの方が多いのではないでしょうか。私たちもヨハネのように「この方を知らなかった」と言っているのかもしれませんね。

ヨハネは、「わたしは、霊が鳩のように天から降り、この方の上に留まるのを見た」と言います。しかし、このことは、おん父からの恵みを通して見させて頂いたと同時に、「霊がある人の上に降って留まるのを見たら、その人こそ聖霊によって洗礼を授ける者である」とあらかじめ伝えられていたのかもしれません。もしかしたら、ヨハネは、イエス様が自分の方に来られる姿を見たときに、「霊が鳩のように天から降り、この方の上に留まるのを見た」のではないでしょうか。ですから、ヨハネは、すぐに「見るがよい。世の罪を除く神の小羊だ」と人々に伝えたのかもしれません。

ヨハネは、「自分はイエス様を【証しする】者」ということを何度も繰り返し伝えていますし、「わたしはその方の履き物の紐を解く値打ちもない」(ヨハネ1・27)と言っているように、自分の使命を忠実に果たそうとしています。きょうのみことばは、ヨハネの「この方こそ神の子であると証ししているのである」という言葉で締めくくられています。これは、ヨハネがおん父から遣わされた「使命」、【召命】を忠実に果たしたことを意味していると言ってもいいでしょう。ヨハネのこの言葉は、人間の頭で考えてわかる言葉ではなく、おん父からの恵みであり、聖霊の働きがあるからではないでしょうか。ヨハネは、いつも霊的な感覚を研ぎすまし、おん父からの言葉に耳を傾けていたのでしょう。私たちは、みことばを通して、ヨハネのようにおん父から頂いた「イエス様を証しする【使命】」をイエス様と共に忠実に果たして行くことができたらいいですね。

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