星に導かれるという種 主の公現(マタイ2・1〜12)

都会の中で夜の星を見るときと田舎で見る星とは、輝き方が違うという経験をされた方も多いかと思います。それは、町の明るさのために星の光が目立たないということではないでしょうか。星は、昼間でも私たちの上で輝いているのでしょうが、私たちは、普段はそれに気がつくことはありません。

きょうの典礼は、「主の公現」で、みことばは、東方の博士たちがイエス様の誕生を知り、拝みに来るという場面です。ルカ福音書では、羊飼いたちの訪問について書かれてありますが、マタイ福音書では、ユダヤ人たちではなく、異邦人である博士たちがイエス様の誕生を拝みに来ます。この2つの福音書の記事を通して、イエス様は、ユダヤ人たちの中でも最も貧しいとされる【羊飼い】の訪問を受け入れ、また、ユダヤ人たちから蔑まれている【異邦人】の訪問を受け入れられたのです。パウロは、「異邦人がキリスト・イエスに結ばれ、約束されたものの共同の相続者、一つの体にともに属する者、ともに約束にあずかる者となったのです。」(エフェソ3・6)と伝えています。イエス様は、彼らを通してご自分の救いの業を全世界に伝えられたのではないでしょうか。

博士たちは、エルサレムまでやってきますが、残念ながらそこで彼らを導いて来た【星】を見失ってしまいます。もしかしたら、彼らは、エルサレムの町の明るさのために見失ったのかもしれません。または、エルサレムの王宮の中にいる、ヘロデ王や祭司長や律法学者たちの人間的な自我、猜疑心、妬みなど様々な醜い欲求で遮られ、星の輝きが見えなくなってしまったのかもしれません。これは、私たちの中でも言えることではないでしょうか。せっかくのイエス様のお恵みを、私たちの利己心や猜疑心などの欲求によって周りの人に影響を及ぼしたり、つまずかせたりしてしまう恐れがあるのかもしれません。

博士たちは、「お生まれになったユダヤ人の王は、どこにおられますか。わたしたちはその方の星が昇るのを見たので、拝みに来ました。」とヘロデ王に尋ねます。博士たちは、占星術の学者たちだったので星の輝きに対して敏感でした。それで、ユダヤ人の王がお生まれになったこと、それも特別な王がお生まれになったことを【その星】が昇ったことで気がついたのです。私たちは、彼らのようにイエス様がお生まれになられた【徴】に気がついているでしょうか。生活の中の忙しさの中でいつの間にか星の輝きのことを忘れ、見失ってしまってはいないでしょうか、もう一度私たちの心を振り返ってみることもいいのかもしれません。

一方、ヘロデ王をはじめ、祭司長や律法学者は、博士たちの訪問を受けてうろたえます。それは、自分たちの立場が危ぶまれてしまうからでした。彼らは、ダビデ王の子孫からメシアが現れることを預言者を通して知っていたのです。祭司長や律法学者たちは、王からの質問に対して、「『ユダヤのベツレヘムです。預言者が次のように書き記しています。』」と答えます。いつの時代も、自分の権力の座が奪われることへの恐れはあるようです。イスラエルの歴史の中でも、日本の戦国時代のように常に周りの動向に気を配り、たとえ、身内であったにしても気が抜けないものだったと、言ってもいいでしょう。ですからヘロデにしてみれば、自分の王座を守るために、「ユダヤ人の王」は、邪魔な存在だったのでした。

博士たちは、ヘロデから「ユダヤ人の王」がベツレヘムで産まれることを聞かされ、ベツレヘムに向かいますが、そこで彼らは再び「その星」を見つけ出します。みことばは、「……あの星が、彼らの先に立って進み、幼子のいる場所まで来て止まった。彼らはその星を見て、非常に喜んだ。」とあります。博士たちにとって、星は、自分たちをイエス様の所に導くための大切な【道しるべ】と言ってもいいでしょう。彼らは、確かに星の輝きを見て信じて旅に出たのにも関わらず、途中で見失った悔しさや、不安な気持が、再び星を見ることで喜びに変わったのでした。私たちは、生活の中でイエス様の所に導いてくれる【星】を見ているでしょうか。私たちにとって、【星】とは、どのようなものなのでしょうか。

博士たちは、ようやく自分たちが捜していた【ユダヤの王】を拝み、宝箱から、「黄金、乳香、没薬」を捧げます。これらの品はどれも貴重なものです。私たちの【宝箱】は何でしょうか。私たちは、その【宝箱】から何をイエス様にお捧げしているのでしょう。私たちにとって大切なものは、もしかすると、誰にも見せたくない、または、何か固執している、自分の苦しい部分なのかも知れません。イエス様は、彼らの捧げものをお受けになり、彼らを苦しみから解放してくださったとも言えるかもしれません。博士たちは、自分の国へ帰って行きます。彼らは、そこで幼子と出来事を人々に伝えたことでしょう。私たちは、いま一度イエス様に初めて出会った喜びを博士たちのように周りの人に伝えて行けたらいいですね。

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