「異言」について

一コリ13章と14章に書かれている異言について、カトリック教会としての解釈、立場を教えてください。

「異言」は、コリントの信徒にあてた第一の手紙の12章から14章に集中的に出てきます。ここで言われている「異言」は、意味不明で痙攣的なものではありません。異言は霊の賜物(カリスマ)であって、たとえ異言を話している本人が忘我的状態であって、言っていることが分からない状態であっても、他の人がこれを通訳することができました。異言を通訳する能力もまたカリスマでした。コリント教会の人々は、異言を非常に評価し、これに夢中であったようです。当時の人々の中には「異言」を天使の言葉ではないかと考える向きもあったようです。

聖パウロも異言をよく語ることができました。かれは「わたしは、あなたがたのだれよりも多くの異言を語れることを、神に感謝します」と言っています(コリントの信徒への第一の手紙14章18節)。しかし、パウロは異言に夢中になるコリントの信徒たちに対して、異言よりも重要なカリスマがたくさんあること、特に愛のカリスマを大切にするように諭しました。

異言は、キリスト教独自のものではありません。ユダヤ教をはじめ、他の宗教にも見られるものです。なお、新約聖書全体では、使徒言行録10章46節や19章6節にも、異言についての言及があります。

現代でも、多くはありませんが異言は語られています。大切なことは、霊の賜物としての異言に気づくことです。そして、霊の最高の賜物は、異言や奇跡にもまさって「愛」であることを、しっかりと心に刻み付けることではないでしょうか。

・回答者=鈴木信一神父

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

最近の記事

  1. とまにちわ!また会いに来てくれてありがとうございます。久しぶりに、いただいたお便りをご紹…
  2. 私が20代の頃でしょうか、母から「最近物忘れがひどくなるし、耳も聞こえにくくなった」と言われたことが…
  3. 今年のノベナは、創立者の精神にスポットを当てて作成しています。そのため、第二朗読は、創立者の著書から…
  4. 2017年10月16日から21日まで、イタリアのアリッチャで第2回聖パウロ修道会出版社・編集…
  5. 2014年の4月から消費税が八%に跳ね上がりました。経済の動向を見極めた上でさらに十%にするか、やが…
“神父・修道士になるには”

ピックアップ記事

  1. 2017年3月16日~18日、メキシコのパウロ家族の集いが開催され、管区長、管区顧問、院長たちが集い…
  2. 今回は、12使徒の聖フィリポと聖ヤコブについて見ることにします。まず、フィリポについて見てみ…
  3. 今日(4月1日)は学校も休みだったので、ホーチミン市内にあるチャータム教会を訪問してみました。…
  4. 6月24日は洗礼者聖ヨハネの誕生の祭日です。洗礼者ヨハネについては、8月29日にその殉教(すなわち天…
  5. 私の召命のきっかけは当時としては単純なことであった。今は亡き前田神父さんが自分の教会に募集に…

アーカイブ

PAGE TOP
Translate »