聖ヨハネ使徒福音記者

クリスマスを祝って2日後の12月27日に、教会は「聖ヨハネ使徒福音記者」を祝います。このヨハネは12使徒の一人であると同時に、伝統的にヨハネによる福音書、3つのヨハネの手紙、そしてヨハネの黙示録の著者とされています。はたして、これらの書物を実際に使徒ヨハネが書き記したのかどうかは専門家の研究にゆだねるとして、ここでは新約聖書に出てくる使徒ヨハネという人物について考えてみたいと思います。

マタイ福音書、マルコ福音書、ルカ福音書に共通していることですが、ヨハネは12使徒の中でも中心的位置にいた一人のようです。イエスは、宣教活動の初めに、ペトロとその兄弟アンデレ、ヤコブとその兄弟ヨハネを招き、弟子としています(マタイ4・18─22、マルコ1・16─20、ルカ5・1─11)。ヨハネは父ゼベダイ、兄弟ヤコブとともに漁をしながら生活していましたが、イエスから呼ばれて、すべてを捨ててイエスに従いました。イエスの宣教活動の中でも特に重要な場面では、12使徒のうち、ペトロ、ヤコブ、そしてヨハネの3人だけが立ち会うことを許されました。たとえば、死者を生き返らせる時(マルコ5・37)、変容の時(マタイ17・1、マルコ9・2、ルカ9・28)、ゲツセマネの園で祈る時(マタイ26・37、マルコ14・33)などです。

また、使徒言行録では、イエスの復活後、教会が宣教活動を展開していく中で、ヨハネはペトロとともに行動した権威ある者として描写されています(使徒言行録3・1以下、4・1以下、8・14以下など)。

しかし、そのヨハネも、イエスが成し遂げようとしておられた救いについて理解してはいなかったようです。ヨハネは、兄弟ヤコブとともに、「栄光をお受けになるとき、わたしどもの一人をあなたの右に、もう一人を左に座らせてください」とイエスに願って、イエスの救いを地上的名誉としてしか理解していないことを自らさらけ出してしまっています(マルコ10・35─45)。

ヨハネによる福音書が「愛」を強調しているためでしょうか。私たちは、無意識のうちに、ヨハネを優しい慈愛に満ちた人物としてイメージすることが多いようですが、実際は、むしろ短気で直情的な人物だったのかもしれません。イエスの一行がサマリア人の村で歓迎されなかった時など、ヤコブとヨハネは「主よ、お望みなら、天から火を降らせて、彼らを焼き滅ぼしましょうか」と言って、イエスに戒められています(ルカ9・51─55)。このような性格のためでしょうか、ヤコブとヨハネは「ボアネルゲス」すなわち「雷の子ら」というあだ名を付けられています(マルコ3・17)。

さて、問題はヨハネによる福音書です。この福音書には「ヨハネ」という使徒は一度も登場しません。その一方で、名前が記されずに、常に「イエスが愛しておられた弟子」と呼ばれる弟子が頻繁に登場します。重要な弟子の一人であったヨハネが一度も登場しないことは考えにくいため、一般的に「イエスが愛しておられた弟子」=「ヨハネ」という理解がなされています。

ところが、そうするといくつかの大きな問題が出てきます。一つは、この「イエスが愛しておられた弟子」が登場するのは、ヨハネ福音書13章以降であって、12章までは一度も出てこないことです。ヨハネ福音書は13章から最後の晩餐の描写に移りますから、この弟子はイエスの宣教活動中には現われず、最後の晩餐になって突然登場し、その後、重要な役割を担ったことになってしまいます。

また、別の問題もあります。この弟子は、他の福音書の記述によればヨハネは登場しないはずの(あるいは、少なくともそう思われる)場面に登場するということです。しかも、その多くは重要な場面です。たとえば、イエスが逮捕され、大祭司のもとに連れていかれた時、ヨハネ福音書では「シモン・ペトロともう一人の弟子は、イエスに従った。この弟子は大祭司の知り合いだったので……」(ヨハネ18・15)と書かれていますが、他の福音書では従ったのはペトロ一人となっています(マタイ26・57以下、マルコ14・53以下、ルカ22・54以下)。また、「イエスが愛しておられた弟子」は十字架のそばにいたことになっていますが(ヨハネ19・26)、他の福音書では婦人たちだけが遠くに立って見守り(マタイ27・55─56、マルコ15・40─41、ルカ23・ 49)、弟子たちは逮捕の時にすでに「イエスを見捨てて逃げてしまっ」ていました(マルコ14・50)。さらに、イエスの墓に遺体がないことを告げられた時、ヨハネ福音書ではペトロと「イエスが愛しておられた弟子」が墓に見に行きますが、ルカ福音書ではペトロだけが見に行っており(ルカ24・12)、マタイ福音書とマルコ福音書はこのことをまったく記していません。

おそらく、「イエスが愛しておられた弟子」とは、使徒ヨハネをモデルとしながらも、実在したヨハネを超えて、イエスの弟子のあるべき姿を描くために、ヨハネ福音書が設定した人物なのではないでしょうか。

この弟子は、「この世から父のもとへ移る御自分の時が来たこと」を悟ったイエスが、「弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた」(ヨハネ13・1)場面で登場します。まさに弟子たちに対するイエスの愛が頂点に達した時に登場するのです。このイエスの愛は、まず弟子たちの足を洗う行為となって表れ、さらには一連の弟子たちへの教えを導き出します。その中でイエスは、イエスの弟子たちのアイデンティティーとも言える「新しい掟」を与えます。「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」(13・34)。そして続けます。「互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる」(13・35)。イエスが愛したように、互いに愛し合うことこそ、イエスの弟子の特徴なのです。「イエスが愛しておられた弟子」という呼称は、まさにこのイエスの弟子の条件を指し示しています。

弟子たちの頭であるペトロは、結局、「イエスを知らない」と言い、イエスの弟子であることを自ら否定してしまいました。しかし、イエスの愛に満たされ、その愛にとどまる者は、十字架のもとから逃げることなく、堅く立ち続けることができるのです。イエスは十字架上で、母マリアに「(この弟子を)御覧なさい。あなたの子です」と言い、この弟子に「見なさい。あなたの母です」と言いました。愛に特徴づけられた弟子は、血縁関係を超えて、イエスの新しい家族とされたのです(19・26─27)。

復活の日、ともに墓に走ったペトロと「イエスが愛しておられた弟子」は、どちらも「イエスは必ず死者の中から復活されることになっているという聖書の言葉」をまだ理解していませんでした(20・9)。しかし、「イエスが愛しておられた弟子」だけが「見て、信じた」と記されています(20・8)。

こうして見ると、復活したイエスがペトロに牧者としての務めを授ける時に、3度も「私を愛しているか」と「愛」を確認していることも象徴的です(21・15─17)。

人々のために自らの命を捧げるほど人々を愛したイエス・キリスト。その弟子の条件は、この愛でイエスから愛されていることに気づき、この同じ愛でイエスを愛し、互いに愛し合うということ。「イエスが愛しておられる弟子」とは、まさにこの弟子の姿を体現している者なのでしょう。この弟子は名前が特定されていないため、すべての弟子たちのモデルとして受け止めることができるのです。

とは言っても、実際のヨハネと「イエスが愛しておられる弟子」とが結び付けられるということは、教会がヨハネをそのような弟子として理解した事実を前提にしています。先に見たように、ヨハネは当初、イエスが成し遂げようとしている救いのわざ(=十字架)を理解せず、地上的な栄誉を求めていたようです。しかし、ヨハネはイエスの復活に力づけられ、すべてをささげて十字架のキリストを宣べ伝えていくことになります。イエスの愛に深く気づき、同じ愛でもって人々を愛するようになるのです。

ともすると、「愛」という言葉が乱用される今日、イエスの弟子(=キリスト者)を特徴づける愛とはどのようなものなのか、それを私たちはどれだけ身につけているのか、もう一度見つめなおしてみてはいかがでしょうか。

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