身を委ねるという種 年間第33主日(ルカ21・5〜19)

私たちは、国内外の歴史を振り返る時、いくつもの自然災害や疫病、戦争や経済的な変動が起こったことを知っています。日本の中を見ても、大きな地震や津波、火山の噴火や土砂災害などなど私たちを襲っています。ニュースでは、目を覆うような事件や事故が起きています。これらの、自然災害や人為的な事件や事故に対して、私たちは、無関心ではすまされない、危機感や社会のゆがみを覚えるのではないでしょうか。

教会の典礼は、年間主日の終わりに近づき【終末】を意識させるようなみことばが読まれます。その中で、きょうのみことばは、エルサレムの「神殿崩壊の予告と徴」さらに、弟子たちの「迫害の予告」の場面となっています。みことばは「ある人たちが、美しい石と奉納物で飾られた神殿について話し合っていた時」という一節から始まっています。イエス様と弟子たちは、エルサレムの神殿まで辿りついたようです。弟子たちは、神殿の立派な装飾や奉納物を見て素晴らしさに驚いています。別の意味から見てみますと、まだ、この時は、【平和】が保たれていたのではないでしょうか。私たちが周りの景色や建造物を目にしたり、絵画や音楽を鑑賞したりして「美しい、すばらしい、きれいだ」というような感嘆の声を出すときは、まだ心の中に【平安】な気持があるときではないでしょうか。逆に、自然の美しさ、すばらしい絵画や音楽に触れたとしても、心が荒んでいたり、生きて行くだけで精一杯の生活をしていたりの時は、周りの美しさを感じる余裕もないことでしょう。

そんな弟子たちや周りの人たちの様子を見ていたイエス様は、「あなた方が目にしているこれらのものが破壊され、積み上げられた石が一つも残らない日が来る」と話されます。当時の人たちは、「エルサレム」が滅亡すると世の終わりが来ると信じていたようです。イエス様は、いつまでもこの世的な物に執着し安心している彼らに対しての一つの警告をされたのではないでしょうか。確かに西暦70年にエルサレムは、ローマ軍によって滅ぼされます。イエス様のこの予告は、歴史上でのエルサレムの陥落を指して言われているだけではなく、私たちへのメッセージと言ってもいいでしょう。イエス様は、彼らの「……どんな徴があるのでしょうか」という質問の後、「偽預言者の登場」や「戦争や反乱」、「自然災害」「飢饉」などが起こると話されます。さらに、イエス様は、このようなことが起こっても「うろたえてはならない」と言われ、また「すぐに終わりが来るわけではない」と言われます。イエス様は、神殿が壊されると聞いて不安になっている弟子たちに対して、たとえそのような悲惨な状態になったとしてもまだ【終末】は、来ないということを伝えられます。この中で大切なことは、「うろたえてはならない」という言葉ではないでしょうか。私たちは、想定外の事態に陥ったり、人から傷つけられたりすると、不安な気持になってしまいます。それは、当たり前のことですが、その不安な気持だけに振り回されないようにしなさい、と言われているのかもしれません。心の動揺は、自分自身だけに目がいき、周りまで目が向かないようになり、心が狭くなってしまいます。大切なとは、「私の中の『不安』な気持を感じながらそれを一旦受け入れ、その状態に留まらずに前を向いて進む」ということではないでしょうか。

さらに、イエス様は「しかし、これらのことに先立って、人々はあなた方に手を下して迫害し、会堂や牢獄に引き渡し、わたしの名のために、あなた方を王や総督たちの前に引き出す。これは、あなた方にとって証しの機会となる。……敵対者が誰も、反対や反駁できないような言葉と知恵を、わたしがあなた方に授けるからである。」と言われます。イエス様は、様々な戦争や災害などが起こる前に弟子たちの迫害を予告されます。ことわざの中で「出る杭は打たれる」という言葉はありますが、私たちの身近なところでも、正しい言動をする人や信念を持って歩もうとする人は、周りからの非難や困難が生じることがあります。それでも、自分を信じて前に進むということは、とてもエネルギーを生じてしまいます。イエス様は、そんな私たちに「自分の力だけに頼らないでくださいね」と言われているのではないでしょうか。

イエス様は、「【ご自分の名のために】迫害や困難」にあう時に「あなた方の髪の毛一本も失われることはない。耐え忍ぶことによって、自分の命を勝ち取りなさい」と言われます。イエス様は、私たち一人ひとりが「イエス様の名のため」に「福音宣教」を行う時に起こる様々な困難にあっても、「何も心配をすることはないですよ」と言われているのではないでしょうか。

私たちは、自分たちの周りで起こる困難な事態、また、私たち自身の試練に対して、「自分の力」だけで解決をするのではなく、もっと三位一体の神様に身を委ねて、信頼と忍耐の恵みをお願いすることができたらいいですね。

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