典礼祭儀を飾る花について

聖堂に生けるお花について、何かきまりがあるのでしょうか?

教会の典礼祭儀は、キリストによる救いのわざをコスミックな典礼的空間の中で秘跡的に再現(記念)します。旅する教会の礼拝が天上の教会の礼拝に常に結ばれている、と言われるのはそのためです。広大な典礼的空間を埋める具体的なしるしのすべては、神による救いのドラマ、人類に対する神の栄光の現れを表現しています。

中でも第一義的なものは二つの食卓「ことば(朗読台)とパン(祭壇)の食卓」(ミサ総則8番)でこれはキリストご自身を表すシンボルで、祭儀の中心となるものです。二義的なものとしてロウソクや十字架などがありますが、いずれもキリストによって具現された救いの恵みを想起し、記念する信徒にとって視覚的にも重要な意味を与えると同時に、神の愛・いのち・恵み・希望・力などを表徴的に示していると言えます。祭壇の傍らに置かれる花もまたそうです。咲く花自体が神の栄光・豊かさを表すとしても、典礼は固有な暦の流れに沿って主を記念するのですから、花も典礼のテーマを意図した色調や形に工夫が必要で、流派によるのではありません。最近、教会でもテーマを持って生けた花の写真集などが紹介されています。

大切なしるしは主の食卓ですから祭壇上にではなく、その周囲、あるいは祭壇の下に置くことによって祭壇を際立たせ、華美なものより品位ある簡素さ、天上の事柄を偲ばせる美を求めたいものです。

古代教会では、司教ミサや祝祭日には花や緑の葉をもって祭壇とその周囲を飾りました。伝統的にはバラやゆりの花が使われました。四世紀になると殉教者の墓や記念日には祭壇を花で飾り、喜びと勝利を表しました。典礼的に重要な日は、主の受難を記念する枝の主日です。会衆の手にする枝葉は、祭儀を飾る花の原点です。ビザンツ教会では聖金曜日の十字架礼拝のとき、継ぎ目のない一枚の白布の上に五つの赤い花を置き、十字架は使わずにこれを主の受難のしるしとして礼拝しました。非常にシンボリックです。

ミサの総則では、「典礼における真の意味と目的」にかなうしるしとなることを勧めておりますが、新総則では、四旬節中祭壇を花で飾ることを再度禁じ、第四主日と祭日・祝日にはこの限りではないと改めました。また待降節中の花は喜びの先取りとならない程度の控えめな装飾を勧めています。

●回答者=南雲正晴神父

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