聖アンデレ・ジュン・ラク司祭と同志殉教者

教会は、ベトナムの殉教者、聖アンデレ・ジュン・ラク司祭と116名の殉教者を11月24日に記念します。日本にもちょうど同じような時期にキリスト教が伝わり、同じように迫害の時代に入っていった日本とベトナムの教会の歴史を考えると、この日に日本の殉教者の列福が行われることに、神の摂理を感じないではいられません。

フランス人宣教師ドゥ・ロード神父によって、ベトナムにキリスト教が伝えられたのは、16世紀のことでした。しかし、1645年にドゥ・ロード神父が追放されると、長く厳しい迫害の時代が始まります。以後、キリスト教への迫害は1886年まで続きます。この約250年の間に殺害されたキリスト者は、11万人以上にのぼると言われています。特に、19世紀に入ってからの迫害は過酷なものでした。拷問や殺害の方法も残虐なもので、遺体を埋葬することも許されませんでした。しかし、それでもベトナムでの信仰の火は消えることがありませんでした。

これらの殉教者たちの一部は、1900年以降4度にわたって順に列福されましたが、そのうちの117名が1988年に列聖されました。117名の内訳は、司教が8名、司祭が50名、信徒が59名。96名のベトナム人のほかに、11名のスペイン人、10名のフランス人が含まれています。

117名の中で筆頭に挙げられているアンデレ・ジュン・ラクは、1795年に異教徒の貧しい家庭に生まれました。経済的理由から売られたアンデレは、カテキスタに引き取られて、洗礼を受け、彼自身もカテキスタとして生きるようになりました。その後、神学の勉強をしたアンデは、1823年に司祭に叙階され、さまざまな教会で牧者として活躍しました。しかし、彼が司祭として活躍した時代のベトナムは、反キリスト教色を前面に打ち出した王が治めていました。このため、アンデレもしばしば捕らえられ、拷問に遭いました。そのたびに、信徒たちは献金を募って保釈金を支払い、アンデレを助けていました。1839年、アンデレはハノイに連行され、厳しい拷問の中で棄教を迫られましたが、最後まで屈しなかったため、同年12月21日、斬首刑に処せられ、殉教しました。

聖アンデレ・ジュン・ラク司祭と同志殉教者を荘厳に祝うミサの中では、マタイ福音書10・17-22が朗読されます。この個所は、イエスが12人を選び、宣教に派遣するにあたって彼らに述べた教えの一部です。

朗読部分には含まれていませんが、直前の16節では、「わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ」と述べられています。通常は、一匹の狼が羊の群れを追い回します。それでも危険なのに、羊が狼の群れに送り込まれるというのです。羊が助かる確率はほとんどないような状況です。宣教はそれほど危険なものであるということが言われているのです。

また、21節では、「兄弟は兄弟を、父は子を死に追いやり、子は親に反抗して殺すだろう」と述べられています。本来であれば、いちばん助け合うはずの兄弟、親子が、逆に相手を死に追いやるのです。そして、「わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる」(22節)と続きます。弟子たちが告げる福音を受け入れる人もいるわけですから(13節)、「すべての人に憎まれる」というのは明らかな誇張です。しかし、宣教がそれほど過酷なものであることを示しているのです。ほとんどの人が──家族であっても──自分たちを死に追いやるような状況、それが宣教なのです。

だから、宣教者には「蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。人々を警戒しなさい」(16-17節)と命じられます。しかし、これは人知を尽くして、巧みに立ち回ることを求めているわけではありません。わたしたちは、人間の熱意や知恵が、いざというときに、いかにもろいものであるかを知っています。たとえば、このときに遣わされた弟子の一人であるペトロは、後に、最後の晩さんの席上で、「たとえ、御一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません」(26・35)と宣言します。それは、ペトロの偽らざる思いだったのでしょう。しかし、そのすぐ後、自分も捕らえられるかもしれないという危険に遭遇したとき、ペトロは「呪いの言葉さえ口にしながら、『そんな人は知らない』と誓い始め」(74節)るのです。

宣教に派遣する際のイエスの言葉に戻りましょう。イエスは、「蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。人々を警戒しなさい」(10・16-17)と述べた後、「引き渡されたときは、何をどう言おうかと心配してはならない」(19節)と命じています。「そのときには、言うべきことは教えられる」(同)のであって、「実は、話すのはあなたがたではなく、あなたがたの中で語ってくださる、父の霊である」(20節)からです。賢さや警戒は、人間の知恵によるものではありません。それは、わたしたちの中ではたらいてくださる神に従う賢さであり、この神のはたらきに対する素直さなのです。

わたしたちは宣教者たちや殉教者たちを見つめるとき、彼らが英雄的な人物であったから、そのように生きることができたのであり、わたしたちにはとてもまねできないと考えてしまうことがあります。しかし、彼らが過酷な迫害と死の危険の中にあって信仰を貫くことができたのは、人間的な強さや知恵によるのではありません。彼らの中に神の力がはたらき、そして彼らがこの神の力に信頼して身をゆだねていったからこそ、彼らは信仰を守り通すことができたのです。同じ神の力は、わたしたちの中にもはたらいています。わたしたちは、どれだけこの力に気づいて、身をゆだねているでしょうか。

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