【懐かし写真館】

【懐かし写真館】
今回の懐かし写真館は「初期の志願者」です。1946年の写真と共にご紹介いたします!

「聖パウロ修道会の主力は教会およびその事業に注がれざるをえなかったが、神父たちは、邦人会員の養成に心を用いなかったわけではなかった。
しかし、信者数の少ない東京では志願者を見出すことは容易ではないし、遠隔の地の人々は、わずかに発行された書物を通じてのほか、聖パウロ修道会の存在を知るはずがなかった。
それでも、神父たちの来日以来、10数名の青少年が会に出入りしたが、1943年頃にはわずか4名の神学生しかいなかった。その中の1人はすでに軍隊に入っていた台湾出身の星村神学生で、すでに1939年12月のクリスマスに着衣を許されていた。他の3名は東京出身の桑島、札幌出身の萱場、宮城県出身の細渕の3名の神学生であった。桑島、萱場の2名は、関口の中神学校においてロス司教のもとでラテン語の勉強を始めていたが、当時の校長は後の荒井司教であった。細渕神学生はやがて胸を患って入院、その若い生命を聖パウロ修道会のために捧げて帰天したが、死去に先だって私的誓願を許された。1943年12月には桑島神学生が、1944年12月には萱場神学生が入隊し、会は全部の志願者を送り出してしまった。
この頃、修道志願者ではなかったが、ただ1人聖パウロ修道会に留まり、勉学と作業とに励み、戦後にいたるまで神父たちと労苦をともにしたのが、長年にわたり中央出版社に勤務した安藤富士男氏である。」(『聖パウロ会修道会来日50年のあゆみ』より)

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