敵を裁いてという祈りの種 年間第29主日(ルカ18・1〜8)

私たちは、1日の中でまた、1週間、1ヶ月、1年と、何回イエス様に祈り(お願い)をしているでしょうか。ときには、すぐに聞き入れてくださることもあるでしょうし、時間がたって聞き入れられてくださることもあります。また、私たちの望みの通りにかなえてくださるときと、そうではないときもあります。しかし、いずれの時にもイエス様は、私たちに一番良い時に良いものをくださるということは間違いがありません。たとえ、それが人間的に見て違った結果のように見えても、イエス様は、最高のものをくださるのです。

きょうのみことばは、「裁判官とやもめ」の譬え話をイエス様が弟子たちに語られる場面であり、【祈り】というテーマを弟子たちに教えるとともに私たちに語られてくださっているようです。イエス様は、ファリサイ派の人たちが「神の国はいつくるのか」(ルカ17・20)の質問に答えられた後に、この譬え話を弟子たちにされています。弟子たちは、イエス様の「神の国がいつくるか」という説明を聞いて不安を覚えたのでしょう。彼らの姿をご覧になられたイエス様は、“倦(う)むことなく、絶えず祈ること”を教えられます。イエス様は、師として弟子たちに祈ることの大切さを教えられたのです。これは、私たちにとっても大切なことです。私たちは、悲しいとき、苦しい時だけでなく、嬉しいとき、幸せを頂いたときにも賛美の祈りをイエス様にお捧げいたします。どんな些細な願い事、それをかなえられた時にも感謝を捧げます。祈りは、私たちにとって霊的な呼吸のようなものではないでしょうか。私たちは、呼吸をしなかったら死んでしまいます。同じように祈りをしないと私たちの霊的な部分が弱って来ると言ってもいいでしょう。

イエス様は、弟子たちに「裁判官とやもめ」の譬え話をされます。聖書の中で出て来る「やもめ」は、「かばってくれる人がいない、弱い立場の人」として表れています。律法の中でも「孤児や、やもめのために正しい裁きを行い」(申命記10・18)とありますし、「やもめや孤児を苦しめてはならない。万一お前が彼を苦しめ、もし彼がわたしに向かって叫ぶなら、わたしは必ずその叫びを聞く。」(出エジプト記22・21〜22)とも書かれてあります。このように孤児ややもめと言うような【弱い立場】にある人に対しては、いつも守られていましたし、彼らの訴えに対しては、速やかに裁かなければならなかったようです。

しかし、この喩えで出て来る裁判官はそうではありませんでした。みことばは、彼のことを「神を畏れず、人を人とも思わない」と伝えているように、傲慢で人を見下しているような裁判官だったようです。しかし、さすがの裁判官も、追い返しても、無視しても何度でも訴え叫ぶのやもめに対してうんざりきたのでしょう、裁判官は、心の中で「……あのやもめは煩わしいから、裁いてやろう」と心の中で言います。イエス様は、彼のこのような心の動きに対して義憤を覚えられます。

さて、私たちは日常の中でこの【裁判官】のようなひどい態度、心の動きはしていないでしょうか。この裁判官は、傲慢で利己的で人を見下し、たぶん、当時の特権階級の人から賄賂や貢ぎ物をもらっていたことでしょう。もちろん、私たちは、そのようなことをしていないでしょうが。たとえば、人から何かを頼まれた時、「あー、めんどうくさいな、後からするから」と答えたり、あるいは、無視したり、また、困難な問題を抱えた時にすぐに諦めてしまったり、人任せにしたりというようなことをしてはいないでしょうか。この裁判官の態度をみて、私たちの心の中を振り返ることもいいのかもしれません。

では、やもめの祈りは、どのような祈りなのでしょう。彼女は、「どうか、わたしの敵を裁いてください」と訴え、祈っています。みことばには、具体的なことは書かれてありませんが、もしかしたら、彼女は、周りの人から、不当な扱いをしていたのかもしれません。この彼女の訴えの中に「わたしの敵」とありますが、これは、ある人ということだけでもないのかもしれません。この【敵】というのは、私たちの中の「『苦しみ』や『どのようにしても越えることができない困難』のように、日常生活や信仰生活の中で、『私』と『イエス様』の間に起こる『こぶ』を取り除いてください」という祈りと言ってもいいのではないでしょうか。

イエス様は、「神は速やかに彼らのために裁いてくださる」と言われます。これは、おん父の私たちへの「いつくしみの愛」です。イエス様は、さらに「人の子が来るとき、地上に信仰を見いだされるであろうか」と言われます。これは、冒頭の「倦むことなく、絶えず祈る」ことができる【信仰】のことを伝えておられるようです。私たちは、日常生活の中を振り返って、「私の敵を裁いてください」と素直に祈ることができたらいいですね。

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