自分の十字架を担う 年間第12主日(ルカ9・18~24)

「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を担って、わたしに従いなさい」(ルカ9・23)とイエスは語ります。誰にでも大なり小なり、十字架があります。

今年の4月15日、私は一人の修道士と共にベトナムへ派遣されることが発表されました。この発表にあたって、「還暦になったばかりですが、大丈夫ですか」とびっくりされる方もあれば、「よく決心しましたね」など、いろいろな意見が聞かれました。当然のことながら、事前に長上のほうからベトナムへ行くことについて打診がありました。行くにあたり、これまで抱えてきた修道院の院長の仕事、「家庭の友」の編集の仕事、幼稚園や学校関連の仕事など、種々の機会が減ることになります。これまで関わってきたものがなくなる寂しさとともに、新たな宣教活動を始めるよい機会が与えられたのかなあとも思います。

この任命にあたり、二人のシスターが頭に浮かんできました。一人は大阪聖ヨゼフ会のシスター橋本さんです。彼女は聖ヨゼフ会の総長の任期を終え、しばらくしてブラジルへ派遣されました。本人が行きたいという熱い思いがあったことも確かでしょうし、修道会としても、大きな犠牲はあったとしても派遣したい思いが強かったのでしょう。もう一人は(故人ですが)聖心会のシスター竹井恒子さんです。シスターは60歳くらいから腹話術を始め、75歳くらいから韓国語を学び始めました。十年前くらいですが、「家庭の友」の取材で小共同体のグループ(団長は長崎教区の髙見三明大司教様)の方々と共に韓国を訪問しました。このグループには札幌教区からも数名参加なさって、その中にシスター竹井さんもいました。ソウルの明洞大聖堂の隣にあるカトリックセンターで小共同体の方々の集まりがあり、韓国の方々も200名近くいました。学生が多い中で、シスター竹井さんが韓国語で腹話術をなさいました。多くの学生たちがとても感動し、「このように年を取りたいなあ」という雰囲気でした。竹島問題で日韓関係が冷え切っていた時ですが、シスター竹井さんは日韓の架け橋になりたいという強い思いがあったのでしょう。

誰にでも、どの世代にも、どんな時にも十字架はつきものです。その十字架を喜んで担う勇気をいろいろな方々から教えられます。

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