やもめ 年間第10主日(ルカ7・11~17)

「ある母親の一人息子が死んで運び出されるところであった。その母はやもめ」(ルカ7・12)ということばから始まります。「やもめ」はギリシア語で「ケーラ」(寡婦)が使われ、語源的には「見捨てられた者」という意味があり、「夫なしに生きる女性」を指しています。夫を亡くして、今後どのように生きていったらよいのか、とても路頭に迷っている心境が想像できます。

異邦人の世界において、やもめになった場合、実家に戻るか、夫の家に留まって忍従の生活を送るか、再婚するか、死を選ぶかと言われていました。その点でとても虐げられた生活であったことが分かります。一方、旧約聖書の世界では、やもめの身分は「神の罰」(出22・23)、不正に苦しみ(イザ10・2)、人権を失い(イザ1・23)、社会からは屈辱的な低い評価を受け(イザ54・4)、遊女や離縁された者と同じ立場に立たされ(レビ21・14)、種々の虐げられた生活を強いられていました。やもめであることは、夫を亡くし、生活力がないという意味で、とても悲痛な立場にあり、異邦人や旧約聖書の世界においてあまり高い評価を受けていないことが分かります。ただでさえ厳しい状況の中で、たった一人の息子が亡くなっていきます。今まで以上に生きる希望を失ったのではないでしょうか。

そんな彼女を見て、イエスは同情します。「主はこの婦人を見て憐れに思い、『泣くことはない』」(ルカ7・13)と語ります。「憐れに思う」同情の気持ちは、放蕩息子のたとえに出てくる「父親は息子を見つけ、憐れに思う」状況とまったく同じです。神の慈しみからあふれ出てくる思いがここには込められています。

やもめに対する同情、深い憐れみの心、慈しみの心を今日のみことばから味わってみたいものです。

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