師であるキリスト

「師であるキリストの祭日」なんて聞いたことがない。ほとんどの読者の方がたがそう思われることでしょう。それもそのはずで、「師であるキリスト」は全教会に共通の典礼暦では祝われません。この祭日は、聖パウロ修道会とその9つの兄弟姉妹会に固有のものだからです。

でも、私たちの会の創立者アルベリオーネ神父は、「師であるキリスト」が全教会で祝われることを強く望んでいました。私もこの精神を受け継ぐ者の一人として、この場を利用して、「師であるキリストの祭日」を皆さんに紹介したいと思います。

10月最後の日曜日に祝われる「師であるキリストの祭日」には二つの福音が用意されていますが、今回はそのうちのヨハネ13章1〜17節を取り上げることにします。

この箇所では、十字架上での死を間近に控えたイエスが弟子たちの足を洗う場面が描かれています。イエスは、「世にいる弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれ」(1節)ました。愛に愛を重ねるような形で、これでもか、これでもかとばかりに、徹底的に愛し抜かれたのです。その愛の最高の表現が自分自身の命を捧げるという十字架上での死なのですが、ここで語られる「足を洗う」行為もイエスの愛の表れであり、十字架上での死を先取りするものでした。

それにしても、足を洗う行為は、一般的に言って、「師」と呼ばれる人が行うようなことではありません。人の中で最も汚れている部分の一つと考えられていたところ(イエスの時代は土の道がほとんどでしたし、そこを素足にサンダルを履いただけで歩くのですから、なおさらです)を、腰をかがめて洗うのです。弟子が師の足を洗うことはあっても、師が弟子の足を洗うことなど、とんでもないことでした。だから、ペトロはイエスに「わたしの足など、決して洗わないでください」(8節)と言ったのです。

さて、弟子たちの足を洗ったイエスは、自分の行為について説明します。「師であるわたしがあなたがたの足を洗ったのだから、あなたがたも互いに足を洗い合わなければならない。わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするようにと、模範を示したのである」(14〜15節)。

イエス・キリストは、私たちの師です。しかし、大切なのは、いったいどのような師であるかということなのです。キリストは、天の御父について啓示します。神の国についてたとえを用いて語ります。私たちが永遠の命を受けるためには、どのように生きなければならないか教えます。しかし、キリストは、ただ言葉で教えただけではありません。キリストは知識を伝達するだけの方ではありません。イエスは、まずご自身で模範を示します。御父の愛を教えるために、その限りない愛でもって自ら弟子たちを愛します。そして、その愛を示すために、弟子たちの足を洗い、十字架上で自分の命を捧げます。自分の十字架を担え、隣人を愛せよ、と命令するだけでなく、まず自ら十字架を担います。自らの生き方そのものでもって、私たちを教え諭すのです。

しかし、師であるキリストは、ただ模範を示すだけではありません。弱い私たちが、キリストの模範に従って生きることができるように、ご自身をパンとして私たちに与えました。キリスト自身が、私たちの内側にあって、力を与えてくれるのです。

この師としてのキリストの姿が凝縮されているのがミサであると言えるでしょう。私たちは、ミサの中で、キリストの言葉と行いによる教えを聞き(み言葉の朗読)、キリストの模範を思い起こし(十字架のいけにえ、聖変化)、そして命の糧であるキリストの体をいただく(聖体拝領)のですから。こうして、私たちは、毎日の生活の中でイエス・キリストに内側から生かされつつ、その教えと模範に従って生きることができるのです。

ところで、キリストは復活の後、弟子たちを宣教へと派遣するにあたって、「あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい」(マタイ28・ 19)と命じました。今度は弟子たちが、師であるキリストに倣って、教えるように招かれました。そしてこの招きは、私たち一人ひとりにも向けられています。言葉で教えるだけでなく、自らの生き方の証しでもって、人びとを愛し、人びとに仕え、ついには自分のすべてを与え尽くすこと、こうして人びとがキリストの命に生かされるようにすること。私たちの福音宣教も、師であるキリストのなさり方に近づくことができますように。

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